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全速力敵前逃亡
「話は、するの?」
「最近はあまりしてないかもしれない」
「イヤホンつけてるんでしょ」
咄嗟に言葉を返すことができなかったけれど、そのとおりなのかもしれなかった。ぼくはいつだって、聞きたくないものに聞きたいものを上からかぶせてしまう。見たくないものに見たいものを上からかぶせてしまう。
*
某グルメな先輩とラーメンを食べてコーヒーを飲んだ。
特に夜に行った店が強烈だった。聞き取れないくらいの勢いで声を張り上げて挨拶・注文取りする店主、やけに広い場末のスナックを黄色と赤のペンキで塗りつぶしたような内装、衛生状態が不安になる箸置き・水の入ったグラス、ととにかくアウト感満載だった。「当店のラーメンはすべてとんこつです」と書かれたメニュー。出てきた丼を見て驚いた。なにやら上に餡のようなものがのっている。脂の塊だろうか……とりあえずラーメンを食べるときは始めにスープを飲むことにしている私は、レンゲで餡の下のスープを掬おうとした。しかしスープがない。どこまでいっても餡だけなのだ。トッピング的なものと思っていたその餡がスープだったのである。まるでシチューのようにどろどろしており、確かに色はとんこつだ。しかしところどころに昆布的な黒い粒や、出汁をとった煮干しの欠片などが混ざっている。さらに麺が予想外だった。通常とんこつと言うとストレートの細麺である。たいてい注文の際に麺の硬さを選ぶことができ、柔らかめ、普通、硬め、の順の硬くなるのだが、その上に「ハリガネ」というのがあってこれはいいネーミングセンスだなと目にするたびに思う。今回も注文時に麺の硬さを訊ねられ、私はてっきり細麺だと思い込んで「硬め」でお願いした。しかし出てきた麺が太い。中太縮れ麺なのだ。中太縮れ麺で硬め。さすがにアルデンテというほどではなかったが、それでもかなりしっかりとしていた。さらに絡まったとんこつシチューに胃が悲鳴を上げる。それはもはやラーメンを超越した新しい食べ物だった。
しかし驚くなかれ、この型破りなラーメン(?)が妙に後を引くのだ。
とんこつを食べ慣れていないせいもあり、あまりに強い脂のにおいにレンゲが何度か止まったのだが、それでも口に入れれば濃厚な脂の旨味と魚介系の出汁が口の中に広がる。うまいのである。ただ、時折自分が何を食っているかわからなくなるのと、あまりに濃厚なため胃腸が心配になってくるだけなのだ。舌は「うまい、これはアリだ!」と言っているが脳は「これはラーメンなのか? なんなのか?」と疑問符を浮かべ続けており、胃は「ちょっと! なんかすごい脂なんだけど!」と悲鳴を上げる。私は三者の間でもやもやと葛藤しながら箸とレンゲを動かし続けた。
食い終わったあと、私はしばらく茫然としていた。生まれて初めて触れた新しい食べ物に対し、それを言い表す言葉が見つからなかった。私と先輩は車で移動しながら、また喫茶店に入って胃腸に負担をかけぬようミルクの入ったコーヒーを飲みながら、そのラーメン(?)について語り合った。それぞれが受けた衝撃や戸惑いを、言語化することでどうにかして緩和しようと足掻いているようだった。
*
先週の日曜日の夜、BSでやっている「Song to Soul」という番組で King Crimson / In The Court Of The Crimson King が取り上げられており、ちょうど居合わせた煙眼鏡氏と画面に釘付けになって見てしまった。ライブが終わったあとで深夜にスタジオ入りしてほとんど眠っているような状況でレコーディングしたとか、とにかくいろいろと凄いエピソードが語られていた。メロトロンというエレクトーンの前身みたいな楽器が面白かった。あと、当時発生したジャズの新しい流れ、フリージャズの紹介としてかかった曲がやばかった。最後にThe Court Of The Crimson Kingが一曲通しで流れて鳥肌が立った。というわけで一週間後、TTYで借りてきた。
あと先輩から上原ひろみさんというジャズピアニストを教えていただいたんだけど、そのCDもTTYにあった。
なんというか自分の音楽嗜好がどこに行くのかよくわからなくなってきた。
*
……というようなことを書いたのが、3月5日のことだった。
私はそれから主に、トラがぐるぐる回ってできたものと、夢とか希望とかかわいい女の子とかから生み出されているに違いない結晶と、いわゆる白い粉、この三つを使って戦っていた。相手はきっと常識とか世間体とかそういったものかもしれなかったし、そういったものではないかもしれなかった。ヘッドフォンボーイはその戦果について「毎週でも食いたい」と言い、煙眼鏡は「だんだん上達しているような気がする」と言った。ほかにもいろいろな人にいろいろなことを言われた。けれどもう私はどうでもよかった。戦いは終わったのである。そしていい加減、現実とやらを直視するなどという雲を掴むような行為に及ばなければならないときがきたのだ。なんだよ現実を直視って。
*
紅茶とシフォンケーキがおいしいお店に行こうと思ったら午後の三時で駐車場がいっぱいだった。仕方なくそのままの足でおいしいと評判のコーヒーのお店に行ったら一台しかない駐車場が奇跡的に空いていて、よしよしと思って停めた。店に入ると三組ほどの待ちだった。ケーキは全部売り切れていたが、途中でケーキ目当てに来た人もいたし、飲むのではなく豆を買って帰る人もたくさんいた。
その小さなお店は夫婦で経営していらっしゃるらしく、奥さんがレジとお菓子の準備をして、マスターである旦那さんがカウンターでコーヒーを淹れていた。カウンターだけで十席くらい。カウンターの後ろにはコーヒーの袋(?)が転がっていて奥の席に向かうのに足をひっかけそうになった。席につくとマスターが麻か何かの布のマットを敷いて、水の入ったグラスを置いた。グラスの周りにまあるい光の輪ができた。窓からの光がちょうど私の席に差して、グラスに当たっていたのだった。
マスターは黒いシャツにエプロン(茶色かったような気がするけど自信がない)をしていて、細身で、眼鏡で、立ち姿がすらりとしていてとても格好よかった。白髪混じりなのがさらに渋い。てきぱきと動き、三杯くらいずつコーヒーを淹れていく姿に見惚れてしまった。私の目の前にコーヒーを挽く機械があって、目の前で豆を量って、入れて、粉にして、ドリッパーに入れて、ひとつひとつ匂いをかいで(もしかしたら匂いをかぐのは粉にする前だったかもしれないけれど)、二つある大きな薬缶でお湯を沸かして、小さな薬缶にお湯を移して、小さな薬缶からドリッパーにお湯をくるくるっと注いで。匂いをかぐその姿がとても色っぽかったし、ああ私の前には職人がいて、今私は彼の作品を飲もうとしているのだと思った。そこはとても美しい空間だった。それはとても美しい時間だった。今思い出しても夢だったんじゃないかと思う。たった二人の人がそれを作り出しているということが信じられなかった。
帰ってきてレシートを見たら「部門01 \450 部門02 \500」って書いてあった。私は部門01をすすり、部門02をスプーンで掬って食べたのだと思う。おいしかった。
*
真っ暗闇の中で私たちは夜毎ばらばらになる。ちぎれた腕が彼女の胸を毟り、彼女の口が私の腿に歯を立てる。私たちは各々が自分の体をさがしながら相手の体を奪い続ける。
それでも空が白む頃には、私は私の体を、彼女は彼女の体を取り戻す。布団の奥深くまで潜りこみ、自分の体を抱えながら懇々と眠る。
「最近はあまりしてないかもしれない」
「イヤホンつけてるんでしょ」
咄嗟に言葉を返すことができなかったけれど、そのとおりなのかもしれなかった。ぼくはいつだって、聞きたくないものに聞きたいものを上からかぶせてしまう。見たくないものに見たいものを上からかぶせてしまう。
*
某グルメな先輩とラーメンを食べてコーヒーを飲んだ。
特に夜に行った店が強烈だった。聞き取れないくらいの勢いで声を張り上げて挨拶・注文取りする店主、やけに広い場末のスナックを黄色と赤のペンキで塗りつぶしたような内装、衛生状態が不安になる箸置き・水の入ったグラス、ととにかくアウト感満載だった。「当店のラーメンはすべてとんこつです」と書かれたメニュー。出てきた丼を見て驚いた。なにやら上に餡のようなものがのっている。脂の塊だろうか……とりあえずラーメンを食べるときは始めにスープを飲むことにしている私は、レンゲで餡の下のスープを掬おうとした。しかしスープがない。どこまでいっても餡だけなのだ。トッピング的なものと思っていたその餡がスープだったのである。まるでシチューのようにどろどろしており、確かに色はとんこつだ。しかしところどころに昆布的な黒い粒や、出汁をとった煮干しの欠片などが混ざっている。さらに麺が予想外だった。通常とんこつと言うとストレートの細麺である。たいてい注文の際に麺の硬さを選ぶことができ、柔らかめ、普通、硬め、の順の硬くなるのだが、その上に「ハリガネ」というのがあってこれはいいネーミングセンスだなと目にするたびに思う。今回も注文時に麺の硬さを訊ねられ、私はてっきり細麺だと思い込んで「硬め」でお願いした。しかし出てきた麺が太い。中太縮れ麺なのだ。中太縮れ麺で硬め。さすがにアルデンテというほどではなかったが、それでもかなりしっかりとしていた。さらに絡まったとんこつシチューに胃が悲鳴を上げる。それはもはやラーメンを超越した新しい食べ物だった。
しかし驚くなかれ、この型破りなラーメン(?)が妙に後を引くのだ。
とんこつを食べ慣れていないせいもあり、あまりに強い脂のにおいにレンゲが何度か止まったのだが、それでも口に入れれば濃厚な脂の旨味と魚介系の出汁が口の中に広がる。うまいのである。ただ、時折自分が何を食っているかわからなくなるのと、あまりに濃厚なため胃腸が心配になってくるだけなのだ。舌は「うまい、これはアリだ!」と言っているが脳は「これはラーメンなのか? なんなのか?」と疑問符を浮かべ続けており、胃は「ちょっと! なんかすごい脂なんだけど!」と悲鳴を上げる。私は三者の間でもやもやと葛藤しながら箸とレンゲを動かし続けた。
食い終わったあと、私はしばらく茫然としていた。生まれて初めて触れた新しい食べ物に対し、それを言い表す言葉が見つからなかった。私と先輩は車で移動しながら、また喫茶店に入って胃腸に負担をかけぬようミルクの入ったコーヒーを飲みながら、そのラーメン(?)について語り合った。それぞれが受けた衝撃や戸惑いを、言語化することでどうにかして緩和しようと足掻いているようだった。
*
先週の日曜日の夜、BSでやっている「Song to Soul」という番組で King Crimson / In The Court Of The Crimson King が取り上げられており、ちょうど居合わせた煙眼鏡氏と画面に釘付けになって見てしまった。ライブが終わったあとで深夜にスタジオ入りしてほとんど眠っているような状況でレコーディングしたとか、とにかくいろいろと凄いエピソードが語られていた。メロトロンというエレクトーンの前身みたいな楽器が面白かった。あと、当時発生したジャズの新しい流れ、フリージャズの紹介としてかかった曲がやばかった。最後にThe Court Of The Crimson Kingが一曲通しで流れて鳥肌が立った。というわけで一週間後、TTYで借りてきた。
あと先輩から上原ひろみさんというジャズピアニストを教えていただいたんだけど、そのCDもTTYにあった。
なんというか自分の音楽嗜好がどこに行くのかよくわからなくなってきた。
*
……というようなことを書いたのが、3月5日のことだった。
私はそれから主に、トラがぐるぐる回ってできたものと、夢とか希望とかかわいい女の子とかから生み出されているに違いない結晶と、いわゆる白い粉、この三つを使って戦っていた。相手はきっと常識とか世間体とかそういったものかもしれなかったし、そういったものではないかもしれなかった。ヘッドフォンボーイはその戦果について「毎週でも食いたい」と言い、煙眼鏡は「だんだん上達しているような気がする」と言った。ほかにもいろいろな人にいろいろなことを言われた。けれどもう私はどうでもよかった。戦いは終わったのである。そしていい加減、現実とやらを直視するなどという雲を掴むような行為に及ばなければならないときがきたのだ。なんだよ現実を直視って。
*
紅茶とシフォンケーキがおいしいお店に行こうと思ったら午後の三時で駐車場がいっぱいだった。仕方なくそのままの足でおいしいと評判のコーヒーのお店に行ったら一台しかない駐車場が奇跡的に空いていて、よしよしと思って停めた。店に入ると三組ほどの待ちだった。ケーキは全部売り切れていたが、途中でケーキ目当てに来た人もいたし、飲むのではなく豆を買って帰る人もたくさんいた。
その小さなお店は夫婦で経営していらっしゃるらしく、奥さんがレジとお菓子の準備をして、マスターである旦那さんがカウンターでコーヒーを淹れていた。カウンターだけで十席くらい。カウンターの後ろにはコーヒーの袋(?)が転がっていて奥の席に向かうのに足をひっかけそうになった。席につくとマスターが麻か何かの布のマットを敷いて、水の入ったグラスを置いた。グラスの周りにまあるい光の輪ができた。窓からの光がちょうど私の席に差して、グラスに当たっていたのだった。
マスターは黒いシャツにエプロン(茶色かったような気がするけど自信がない)をしていて、細身で、眼鏡で、立ち姿がすらりとしていてとても格好よかった。白髪混じりなのがさらに渋い。てきぱきと動き、三杯くらいずつコーヒーを淹れていく姿に見惚れてしまった。私の目の前にコーヒーを挽く機械があって、目の前で豆を量って、入れて、粉にして、ドリッパーに入れて、ひとつひとつ匂いをかいで(もしかしたら匂いをかぐのは粉にする前だったかもしれないけれど)、二つある大きな薬缶でお湯を沸かして、小さな薬缶にお湯を移して、小さな薬缶からドリッパーにお湯をくるくるっと注いで。匂いをかぐその姿がとても色っぽかったし、ああ私の前には職人がいて、今私は彼の作品を飲もうとしているのだと思った。そこはとても美しい空間だった。それはとても美しい時間だった。今思い出しても夢だったんじゃないかと思う。たった二人の人がそれを作り出しているということが信じられなかった。
帰ってきてレシートを見たら「部門01 \450 部門02 \500」って書いてあった。私は部門01をすすり、部門02をスプーンで掬って食べたのだと思う。おいしかった。
*
真っ暗闇の中で私たちは夜毎ばらばらになる。ちぎれた腕が彼女の胸を毟り、彼女の口が私の腿に歯を立てる。私たちは各々が自分の体をさがしながら相手の体を奪い続ける。
それでも空が白む頃には、私は私の体を、彼女は彼女の体を取り戻す。布団の奥深くまで潜りこみ、自分の体を抱えながら懇々と眠る。
(双子の姉妹の日記より)
一生に一度くらい
「さぼてんくんは、おじいちゃんみたいだよね」
「よく言われます」
「なんていうかね、落ち着いてるよね」
「わかりにくいだけですよ。内心テンパってますから」
「熱さとか、無縁だよね」
「それって枯れてるってことですよね?」
「冷静ってことだよ。熱いのすきじゃないでしょ」
「そうですねー、ないですね」
「でも一生に一度くらいは熱くなってもいいと思うんだ」
「そうですね。一度といわず、時々でもなったほうがいい気がしますね」
*
死んだと思ったか。残念ながら、生きていた。のらりくらりと生きておったよ。
状況は変化していない。上昇も下降もしていない。好転も悪転もこれっぽっちもしていない。それが死んでいるのとどう違うのか? そんなことは知ったこっちゃないよ。生きているんだよ。喜んだり、悲しんだり、驚いたり、しているんだよ。
それにしてもどれだけ日記を書いてなかったのか。下の文章の日付は2/1とあった。
*
週末、一日じゅう布団にくるまってごろごろしていた。夜中にふと思い立ってPeopleのLive DVD『Cut One』を観た。テンションが上がった。『旧市街』の息ぴったり具合に鳥肌立った。『ベルリン』のアコギver.がかわいかった。メンバーの好みなのか、轟音の多いはっちゃけた選曲で、最後のほうはちょっと食傷気味だった。ハタノ氏の顔は小学校の時の同級生に似ている気がするな、などとどうでもいいことを思った。アニメとか、メニュー画面で聞こえる打ち込みも好きだ。珍しくライブに行きたくなった。『犬猫芝居』と『ブリキの夜明け』、『レントゲン』、『日曜日/浴室』、『土曜日/待合室』を生で聞けたら嬉しいだろうな。
柴崎友香さんの『きょうのできごと』を読んだ。面白かった。心理描写が丁寧で、ひととこに留まらない。「人の思考は三秒ごとに切り替わる」というのを思い出した。静かなのにボールがポンポン跳ねてるみたいだ。段落の最後に予想外のところにとんでいく。
読もうと思ったきっかけは、全く接点のないお二方が日記で柴崎さんの本の感想を書いていたからなんだけど、お一方の日記に似た文章がところどころに出てきて「あ、あのひとっぽい」と思ってニヤニヤした。
今年は本を百冊以上読む、という目標を掲げたんだけど一月は五冊しか読んでいない。私はつくづく本読みじゃないんだなあと思った。本を読んでいるときは楽しいしすごいと思うし(たとえそれが反射に過ぎないとしても)割と簡単に感動したりする。けれど、四六時中、ごはんを食べるように息をするように本を読む気にはなれない。それは書くことも一緒で、それなのにどうして私は読んだり書いたりしようとしているんだろうなあともんやりと思った。でも今までの人生の中で私がごはんを食べるように息をするようにしてきたことなんて、ごはんを食べることと息をすること以外にあっただろうか。
*
上の文章を書いてから、本多孝好『チェーン・ポイズン』、河野裕『サクラダリセット』、柴崎友香『次の街まで、きみはどんな歌をうたうの?』を読んだ。結局数はあんまり読めてない。あ、でも『イリヤの空、UFOの夏』の3と4も読んだ気がする。
漫画は西島大介『小さな王子さま』、『I Care Because You Do』、道満晴明『ニッケルオデオン【赤】』、きゆづきさとこ『棺担ぎのクロ』3巻、茶麻『あいうら』1巻、あと『キングダム』を六冊くらい。
音楽は相変わらずPeople聴いてて、ポカリのCMをYouTubeで調べてからTRICERATOPS / GOING TO THE MOON が無性に聴きたくなってTTYでシングルズベスト借りて病的なくらいガンガン聴いている。中学んときに初めてレンタルしたCDがこれだった、って言ったら年がバレたりするんだろうか。久しぶりに聞いてもやっぱり好きだ。追っかけてはいないけど。あとはTTYでamazarashi『千年幸福論』があったから借りた。前も貼ったような気がするけど『夏を待っていました』が映像含めて好きすぎて、これも何度も繰り返して観た。YouTubeでamazarashiのPVツアーとかやった。てるてる坊主が熱い。あとあと、GRAPEVINEの『Another Sky』ってアルバムも借りてみて聞いたんだけど最高にかっこいい。ふわふわしてて尖ってる。なにこれ。
また個別で感想を書かないかもしれないし、書かないかもしれない。書かない。嘘かもしれないけど、ほとんどほんとうにほんきで書かない気がする。「どれもおすすめだから読んだり聞いたりするといいよ!」っていう万能な魔法を唱えておく。エスナ!
*
備忘録みたいだね。
足はだいぶんよくなった。階段も降りられる。エスカレーターエレベーター生活よさらば! 退屈だったけど移動しながら本を読めるのは楽しかったよ。そろそろ、一ヶ月延期し続けている約束を果たしに行かねば。
ネット巡回もあまりできてなくて、またフィードが120とか溜まっててなおさら巡回する気力が奪われていく。
またひとつ大人になりました。
でもまだ二の足を踏んでいます。
「よく言われます」
「なんていうかね、落ち着いてるよね」
「わかりにくいだけですよ。内心テンパってますから」
「熱さとか、無縁だよね」
「それって枯れてるってことですよね?」
「冷静ってことだよ。熱いのすきじゃないでしょ」
「そうですねー、ないですね」
「でも一生に一度くらいは熱くなってもいいと思うんだ」
「そうですね。一度といわず、時々でもなったほうがいい気がしますね」
*
死んだと思ったか。残念ながら、生きていた。のらりくらりと生きておったよ。
状況は変化していない。上昇も下降もしていない。好転も悪転もこれっぽっちもしていない。それが死んでいるのとどう違うのか? そんなことは知ったこっちゃないよ。生きているんだよ。喜んだり、悲しんだり、驚いたり、しているんだよ。
それにしてもどれだけ日記を書いてなかったのか。下の文章の日付は2/1とあった。
*
週末、一日じゅう布団にくるまってごろごろしていた。夜中にふと思い立ってPeopleのLive DVD『Cut One』を観た。テンションが上がった。『旧市街』の息ぴったり具合に鳥肌立った。『ベルリン』のアコギver.がかわいかった。メンバーの好みなのか、轟音の多いはっちゃけた選曲で、最後のほうはちょっと食傷気味だった。ハタノ氏の顔は小学校の時の同級生に似ている気がするな、などとどうでもいいことを思った。アニメとか、メニュー画面で聞こえる打ち込みも好きだ。珍しくライブに行きたくなった。『犬猫芝居』と『ブリキの夜明け』、『レントゲン』、『日曜日/浴室』、『土曜日/待合室』を生で聞けたら嬉しいだろうな。
柴崎友香さんの『きょうのできごと』を読んだ。面白かった。心理描写が丁寧で、ひととこに留まらない。「人の思考は三秒ごとに切り替わる」というのを思い出した。静かなのにボールがポンポン跳ねてるみたいだ。段落の最後に予想外のところにとんでいく。
読もうと思ったきっかけは、全く接点のないお二方が日記で柴崎さんの本の感想を書いていたからなんだけど、お一方の日記に似た文章がところどころに出てきて「あ、あのひとっぽい」と思ってニヤニヤした。
今年は本を百冊以上読む、という目標を掲げたんだけど一月は五冊しか読んでいない。私はつくづく本読みじゃないんだなあと思った。本を読んでいるときは楽しいしすごいと思うし(たとえそれが反射に過ぎないとしても)割と簡単に感動したりする。けれど、四六時中、ごはんを食べるように息をするように本を読む気にはなれない。それは書くことも一緒で、それなのにどうして私は読んだり書いたりしようとしているんだろうなあともんやりと思った。でも今までの人生の中で私がごはんを食べるように息をするようにしてきたことなんて、ごはんを食べることと息をすること以外にあっただろうか。
*
上の文章を書いてから、本多孝好『チェーン・ポイズン』、河野裕『サクラダリセット』、柴崎友香『次の街まで、きみはどんな歌をうたうの?』を読んだ。結局数はあんまり読めてない。あ、でも『イリヤの空、UFOの夏』の3と4も読んだ気がする。
漫画は西島大介『小さな王子さま』、『I Care Because You Do』、道満晴明『ニッケルオデオン【赤】』、きゆづきさとこ『棺担ぎのクロ』3巻、茶麻『あいうら』1巻、あと『キングダム』を六冊くらい。
音楽は相変わらずPeople聴いてて、ポカリのCMをYouTubeで調べてからTRICERATOPS / GOING TO THE MOON が無性に聴きたくなってTTYでシングルズベスト借りて病的なくらいガンガン聴いている。中学んときに初めてレンタルしたCDがこれだった、って言ったら年がバレたりするんだろうか。久しぶりに聞いてもやっぱり好きだ。追っかけてはいないけど。あとはTTYでamazarashi『千年幸福論』があったから借りた。前も貼ったような気がするけど『夏を待っていました』が映像含めて好きすぎて、これも何度も繰り返して観た。YouTubeでamazarashiのPVツアーとかやった。てるてる坊主が熱い。あとあと、GRAPEVINEの『Another Sky』ってアルバムも借りてみて聞いたんだけど最高にかっこいい。ふわふわしてて尖ってる。なにこれ。
また個別で感想を書かないかもしれないし、書かないかもしれない。書かない。嘘かもしれないけど、ほとんどほんとうにほんきで書かない気がする。「どれもおすすめだから読んだり聞いたりするといいよ!」っていう万能な魔法を唱えておく。エスナ!
*
備忘録みたいだね。
足はだいぶんよくなった。階段も降りられる。エスカレーターエレベーター生活よさらば! 退屈だったけど移動しながら本を読めるのは楽しかったよ。そろそろ、一ヶ月延期し続けている約束を果たしに行かねば。
ネット巡回もあまりできてなくて、またフィードが120とか溜まっててなおさら巡回する気力が奪われていく。
またひとつ大人になりました。
でもまだ二の足を踏んでいます。
週一のペースで
午前3時 街が寝静まったころ
暗闇に梯子をかけて 神はこっそり電池を交換するんだ
だからこの街には約束もさよならもない
欺瞞をどうか許したまえ
夏を貫く長い一日が今日もやってくるPeople in the box 『親愛なるニュートン街の』
*
二週間前、地下鉄の駅からもうすぐ地上に出るというところで転び、左膝で着地した。あまりの寒さにポケットに手を突っ込んだ直後、新しく買った大きめのブーツの先が階段に引っかかったのだ。お気に入りのズボンに穴があき、皮をべろんと擦り剥いた。
一週間前、社内で転倒した。足を組む癖があり、上にしていた右足の膝裏の血管が圧迫されストップ・ザ・血流したのではないかと思っているのだが、要は立ち上がったときに右足が痺れていてバランスを崩しそのまま派手にこけたのである。突然のことに右足首はひねくれた。そのときは大丈夫ですよーなどと気楽なことを言っていたのだが、いざ帰宅して靴下を脱げば一回りも二回りも大きく立派に腫れ上がったくるぶしと目があったのだった(訳注:筆者のくるぶしには目がある)。私はにっこり微笑んで湿布を取り出し、それで破廉恥なくるぶしを覆い隠した。そうして翌日近くの整形外科に相談しに行った。「昨日から足首がひねくれてて」「ああこれはだいぶ機嫌を損ねてしまったみたいですね。機嫌がよくなるまで二週間くらいかかるでしょう」「にゃーん」「にゃーん」、というわけだ。
この前の水曜日の夜、開いていた戸棚の戸で額をえぐってしまった。温湿布に含まれている唐辛子的な成分のせいで風呂に入ると声にならない叫び声を上げるくらいしみて痛いので、温湿布と皮膚の間にティッシュをかませて紙テープで止めるという作業をしていた。止め終わって立ち上がったら、「ぬるぽ」言ってないのにもかかわらず、紙テープのしまってあった戸棚の戸に「ガッ」された。慌てて、元野球選手でゆで卵が好き、名古屋出身ではないのによく名古屋の店など紹介する某芸能人、によく似た名前のアレに救いを求めたが切らしていたので仕方なくティッシュを当てて寝た。三日たってもまだ誰にも指摘されていないが、髪で隠れて見えないからか、気づいてもそっとしておかれているのか定かではない。
というわけで踏んだり蹴ったりというか、泣きっ面に蜂というか、二度あることはなんとやらというか。先日危険予測と危機管理能力がなってないと言われたのが今更ながら耳に痛い。気をつけようと思う。
しかし毎週水曜から木曜である。これはあれか、私、呪われているのか。
*
『せかまほ』の第四弾『小さな王子さま』、『I Care Because You Do』、それから『棺担ぎのクロ』三巻が出ている。はやく買いに行きたい。だがしかし、寒さと足の痛みで仕事帰りに本屋に寄る気力もない。金曜日に行こうと思っていたのに残業である。悲しい。
年単位で積読していた『マルドゥック・ヴェロシティ』全三巻を読み終えた。『スクランブル』のときも思ったけど、冲方丁さんはやっぱり命を削って書いてるんだなあ。
お借りしていた長野まゆみ『天体議会 プラネット・ブルー』を読み終えた。宮沢賢治ばりの天文と鉱石が中心に置かれた世界観は好みだったけど、きれいな顔の少年二人というのはなんとも少女漫画的というか、少女趣味というか。口に入れた飴玉を交換とか、思わず「ないわー!」って突っ込んでしまった。十代のころお借りした峰倉かずや『WILD ADAPTER』の「ガムあげる」を思い出した。今思うと、あれも衝撃だったな……。
これは怪我をする前だけど、東京事変が解散したのでTTYで借りた。椎名林檎は十代の頃のアレがアレで、聞くと否が応でも当時を思い出させられるために避けていたのだが、事変の方がはっちゃけてていいなあと思った次第。
あとはGRAPEVINEを借りてきてよく聞いている。どなたかのブログから飛んで『ぼくらなら』(リンク先YouTube)を聞いたのがきっかけ。抜け切らないサビ、浮遊感のあるメロディライン、それに合ったボーカルが癖になる。『白日』とかも好き。
もちろん一番聞いてるのはPeopleなんですけど。冒頭の『親愛なるニュートン街の』の「Hi-Ho! 今日も働こう」が通勤時に脳内再生されて、つらいような、うれしいような。
Citizen Soul & Lovely Taboos
![]() | Citizen Soul(初回限定盤)(DVD付) (2012/01/18) People In The Box 商品詳細を見る |
相変わらず難解で媚びてなくてかっこいい。なんというか今までで一番得体が知れないアルバムな気がします。寓話的・神話的なモチーフを使って描かれる、現実における空虚感・虚無感。膜一枚ひっぺがすと非現実的な世界が存在していて、そこでは感情豊かな彼女が無表情で、不感症の僕から水が溢れ出している。
『沈黙』『技法』『ニムロッド』が好き。次点は『ニコラとテスラ』かな。テトリス、テトリス。
『ニムロッド』は特設サイトで試聴できます。PVすげえ。
DVDはまたゆっくり観る。
![]() | Lovely Taboos (2011/10/17) People In The Box リンク先は 残響ONLINE STORE |
アルバム直前にLovely Taboosを注文しました。この2nd Single, ライブ会場と残響STOREと残響ONLINE STOREのみの販売という、地方でライブにも行かないファン泣かせの代物。発売日、仕事帰りにいそいそと塔盤に行き、「あれ? ない? あれ?」って一人おろおろしたのが思い出されるぜ……。しかも彼らのシングルはアルバムに収録されないから、なおさらほしいのに。
『市民』が好きすぎる。コーラスの入り方が最高で、初めて聞いたときは笑うしかなかった。変拍子と上がったり下がったりするボーカル、畳み掛けるようなイメージの群れ、カオスの中で垣間見える青い空「血の味だ」。凄い。
『笛吹き男』は美しい導入。中盤でドラムパターンが変わって疾走するところが好き。
『子供たち』は解毒剤。優しいけどギターの音に酔う。
しかしこれを聞いたときは「ぜんぜん媚びてない、この変態っぷり(褒め言葉)はシングルとしてどうなんだ、だから一般流通させてないのか、できなかったのか?」とか勝手な心配をしていたのですが、Citizen Soulのあとで聞き返すとすごいポップに感じる不思議。
とにかく、彼らの不安定な安定感というか、いい意味で期待を裏切ってくれるスタイルは、増殖・散乱する私のプレイリストの中でもかなり信頼できるものなのです。 タグ:音楽 people_in_the_box
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