池田晶子さんへ

あたりまえなことばかり あたりまえなことばかり
池田 晶子 (2003/03/20)
トランスビュー

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訃報を聞いたのは、朝だった。
「死は存在しない」と言った人が、存在しない側に逝ってしまった。

我々がこの地球上に存在したことの意味と目的というのは、
考えることによって、その不思議さを自覚することによって、
自由になるということにあると思います。


久しぶりに池田さんの本を読んだ。
久しぶりの印象は、「落ち着くなー」だった。若い頃の、『メタフィジカル・パンチ』のキレというか、読者を飲み込む激しい波のようなものは身を潜め、しんと静まった水面にゆっくりと雫が落ちるような感覚があった。
とはいえ、こちらに働きかけてくる言葉の力は変わらずで、ゆっくりと考えながら読んだ。日々の中のぐちゃぐちゃしたものに翻弄され、無意識のうちに飲み込まれ、足がつかなくて溺れていた僕は、池田さんの言葉をきっかけに、自ら考えることで地面に足をつけることができた。
「世界は私の中にあり、私は世界の中にある」「私の輪郭は、私について考えているところの私、という無限の循環であり、そこが認識の果てでもある(宇宙の果てより向こう側とこちら側が関係を持てないように、認識の果ての向こう側と私とは関係を持てない。)」この二つはかつて僕が辿り着いた場所だが、読みながらここまで行くのに時間がかかった。
そして再び辿り着いたとき、僕は漠然と、ここが故郷だと感じた。懐かしさと静寂が流れ込んでくる。ここに立って、穏やかな気持ちで全てを眺めることができる。
池田さんの本は、僕にとって故郷からの手紙である。

この本には、雑誌に載せた文章と、公演の内容が含まれている。それらが、I〜III章に分けられている。その中に、『他者の死はなぜ悲しいか』という題の文章がある。

死は観念である。

死は存在しない。

肉体としては存在しないけれども、記憶として存在する他者は、その限り、「存在する」。

肉体として消滅してなお、死者は生者の心の中に記憶として存在する。死者の記憶を心に抱いて、生者もやがて死者となる。このとき、それでは、結局は誰も存在しなかったということになるのだろうか。その人が存在したということはなかったということになるのだろうか。
そんなことはあり得ない。
強くそう感じる。なぜか。存在しなかったということは、存在しないからである。存在したことは、すべて存在するからである。存在の論理構造によって、このように語ることを強いられるとき、まさにこの言葉遣いにおいて、我々は自身が地上の時系列をすでに超出していることに気がつく。存在したことは、存在する。すなわち、過去は現在である、全過去はこの現在に存在しているということだ。

                   『他者の死はなぜ悲しいか』より


訃報を聞いた日の夜、この文章を読み返した。
これを書いた人が、亡くなったという事実が今でもよくわからない。というか、一読者でしかない僕にとっては池田さんの肉体の有無はあまり大きく影響しない。池田さんの言葉は、僕が読んでいる今ここに存在している。
僕が池田さんの著書を全て読み終え、その先が存在しないと知るとき、故郷からの手紙が途絶えるとき、僕は再び池田さんの死を思うかもしれない。
それでも僕の中で、故郷への道標のような池田さんは、存在し続けることだろう。


惹かれ、後にとっておかれたお楽しみは、如何でしたか。
ご冥福をお祈りします。

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池田晶子

池田晶子池田 晶子(いけだ あきこ、1960年 - 2007年2月23日)は、日本の文筆家。東京都出身。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。来歴・人物埴谷雄高との交流をきっかけに活動を始める。処女単行本『最後からひとりめの読者による埴谷雄高論』(1987年)を上
  1. 2007/03/10(土) 08:48:35 |
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Author:さぼてん
1984年生 男
中部地方在住

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